平成29年秋季 堺文化財特別公開
「大久保利通卿の揮毫による扁額の公開」について

・表書き 「百舌鳥神社」

・裏書き 「内務卿全権辨理大臣 
       大久保 利通卿 御筆
      堺県令従五位
       税所 篤殿 御寄附
      明治八年二月 
      百舌鳥 櫻井 両社祀官
       瑞森 茂雄 」

   


・公開日: 平成29年11月3日(金)、4日(土)、5日(日)
               11日(土)、12日(日)
・無料


※説明

当社が所蔵する本扁額は、その裏書きから、明治8年2月に、当時の新政府の頂点にいた大久保利通が揮毫したものであり、当時の堺県令の税所篤により寄附されたものであることが分かります。

 明治8年2月は大阪会議が開かれた時期です。この時期に、当時混迷を深めていた政局を打開するため井上馨や伊藤博文らが仲介役となり、大久保利通、木戸孝允、板垣退助の三者を巻き込む協議が大阪の地で重ねられ、明治政府を立憲政体・三権分立・二院制議会の新体制へ向ける合意がなされました。大阪会議とは、その合意を記念して明治8年2月11日に大久保利通、木戸孝允、板垣退助が大阪北浜に集ったといわれる会議です。

 本扁額は、その時期に大久保利通が当社を参詣して揮毫したものと考えられます。その大久保利通を当社に招いたのは、当時の堺県令の税所篤だと考えられます。税所篤は、大久保利通と同じ薩摩藩出身で、幕末には国事に奔走し、大久保利通、西
郷隆盛と並ぶ「薩南の三傑」と称された人物で、大久保利通が大きな信頼を寄せていた人物で、明治政府の要人の一人といえます。その税所が県令を勤めていた堺県は、和泉、河内だけでなく大和国(現在の奈良県)をも含む広域を管轄していました。

 なお、現在の当社鳥居の扁額「八幡宮」は、大正初期に当時大阪府知事であった大久保利武の揮毫によるものです。大久保利武は大久保利通の三男です。父君との縁により揮毫したものと思われます。


                                         以上